元禄8年、久留米藩主の有馬氏は清水寺を緊急時の出陣地と定めて毎年寄進をします。文政5年には聖天堂を建立。大火に見舞われても再建されてきましたが、明治4年の廃藩置県によって有馬氏の寄進がなくなると維持が困難になりました。一方、聖天堂には子宝や夫婦和合、商売繁盛などの徳があるとされる歓喜天が祀られていたため、江戸時代から多くの参拝者があり、明治維新後は廃仏毀釈の影響で清水寺の末庵となり今に至ります。