この川の名付け親は神功皇后と言われています。神功皇后がこの地に船を入れ岸から眺めていると、上流から青菜が流れてきたので「青菜の浦」と名付けられ、川を「若菜川」と呼ぶようになったと伝えられています。橋の上流には広い浅瀬が広がり、野鳥も羽を休めています。