山崎の石塁
勘次ケ城跡は、富江町南部の低い溶岩台地上の海岸部に構築された砦状の遺構です。「山崎の石塁」ともよばれ、1970年に県の指定史跡になりました。
今から150年ほど前、大工の勘次が河童と築いた石の城という説や、大きな施設でのぞき穴などがあることから倭寇のアジトとして築城されたという説があります。迷路のような石積みが巡らされ、その延長は180mに及びます。現在はそのミニチュアがすぐ近くに作られていますのでご覧ください。
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勘次ケ城跡は、富江町南部の低い溶岩台地上の海岸部に構築された砦状の遺構です。「山崎の石塁」ともよばれ、1970年に県の指定史跡になりました。
今から150年ほど前、大工の勘次が河童と築いた石の城という説や、大きな施設でのぞき穴などがあることから倭寇のアジトとして築城されたという説があります。迷路のような石積みが巡らされ、その延長は180mに及びます。現在はそのミニチュアがすぐ近くに作られていますのでご覧ください。
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